パラメータ発明の記載要件が問題となった事件(2020フ10292)
1. パラメータ発明の有用性
パラメータ発明は、新たに創出した物理的、化学的、生物学的特性値を利用したり、複数の変数間の相関関係を利用して発明の構成要素を特定した発明である。物質の特性を測定して組み合わせる技術の導入と発展のおかげで、開発に多くの時間と費用がかかる源泉物質発明に代わり、医薬、半導体、合金分野等においてパラメータで限定した物質の開発と特許出願が活発に行われている。
発明者が創作したり、新たに構成したパラメータを用いた発明は、先行技術を見つけることが難しいので新規性及び進歩性が認められやすい一方、発明家以外はパラメータの技術的意味を容易に把握できないうえ、パラメータ具現条件を合わせるのは易しくないため、相対的に明細書及び請求の範囲の記載要件を充足させるのが難しい。
2. 韓国特許法に規定されている発明の説明の記載要件
韓国特許法第42条第3項第1号には、「発明の説明」を「明確且つ詳細に」記すことを規定している。発明の説明の記載要件は、特許権者に独占的権利を付与する対価として、公衆に技術革新と発展に寄与する程度が大きい技術を共有させ、特許権者が保有する特許権の効力範囲と限界を規定する点で重要な特許要件にあたる。
また、韓国特許法第42条第4項第2号には、「請求の範囲」には発明を「明確且つ簡潔に」記すことを規定している。これは、発明の保護範囲は請求の範囲に記載された事項に基づいて定められるという点で請求項には明確な記載のみが許容され、発明の構成を不明瞭に表現する用語は原則として許容されないという趣旨である。
一般的な物の発明において、発明の説明の記載要件については、各該当要件の趣旨、目的及び判断基準に関する大法院判決、学界の議論、訴訟実務が比較的十分に確立されているとみられる。また、選択発明や数値限定発明のような特殊な形の発明についても、大法院は多数の判決を通じて各記載要件充足基準を提示している。
しかし、韓国の訴訟実務では、新規性及び進歩性を中心に争うところ、発明の説明の記載要件は、その重要度に比べ相対的にあまり主張されない方であり、さらに、出願人が創造したパラメータ又は広く用いられていないパラメータを用いたパラメータ発明の明細書の記載要件については、充足基準を明らかにした大法院判決もなく、審査基準が十分整理されているとはみがたい。
3. 2024年1月大法院判例
本件特許発明は、反応器内で化学反応を通じてシリコン蒸着を起こして多結晶シリコンを製造する方法に関し、「反応器の空体積(empty volume)に対する棒の体積の比(百分率)を意味する充填水準(FL)」と「反応器内の流動条件(flow condition)を表すアルキメデス数(Arn)」との相関関係を演算式と数値で限定したパラメータ発明である。請求項1は次のような内容である。
[請求項1]
多結晶シリコンの製造方法であって、
上記方法は、シリコン含有成分及び水素を含む反応ガスを1つ以上のノズルによって反応器に導入する段階を含み、上記反応器はシリコンが蒸着する1つ以上の加熱されるフィラメント棒を含み、反応器の空体積(empty volume)に対する棒の体積の比(百分率)を意味する充填水準(fill level: FL)の関数として反応器内の流量条件(flow condition)を表すアルキメデス数(Archimedes number: Arn)が、充填水準FLが5%以下の場合は関数Ar=2000×FL-0.6による下限値と関数Ar=17000×FL-0.9による上限値で決まる範囲内であり、充填水準FLが5%よりも大きい場合は750〜4000である、多結晶シリコンの製造方法。
明細書の記載によれば、本件アルキメデス数は「Ar=π×g×L3×Ad×(Trod-Twall)/{2×Q2×(Trod+Twall)}」式で表され、式中、gは重力、Lはフィラメント棒の長さ、Qは作動条件(p, T)下でのガスの体積流量(volume flow)であり、Adは全てのノズルの断面積の和、Trodは棒の温度、Twallは壁の温度を表す。
請求項における、アルキメデス数の技術的意義、効果との関係、充填水準を構成する全ての工程変数の意味、測定基準及び方法に関連して、通常の技術者が明細書の記載を通じて発明を理解して容易に実施できるか、請求の範囲が明確且つ簡潔に記載されたものかが問題となった。大法院は次のような理由で、実施可能要件及び請求の範囲の記載要件に違反すると判断した。
① 本件特許発明は、棒の体積(Vrod)、壁の温度(Twall)、体積流量(Q)等の工程変数を含む本件アルキメデス数及び充填水準(FL)で構成されており、上記各工程変数が反応中に継続して相互に密接に影響し合い、反応器内の流動条件を決定することを前提として、反応中に各工程変数の連動した調節を通じて反応器内の流動条件を一定の範囲内に存在させ、反応器内のシリコン蒸着工程が最適化される効果が奏されることに特徴がある。
② 実施可能要件の充足可否は、通常の技術者が請求項の構成要素に含まれる工程変数の意味、測定基準、方法を明細書及び図面に記載された事項と出願時の技術常識に基づいて正確に理解して再現できるかにかかっている。
③ ところが、本件特許発明の明細書には、充填水準を決定する工程変数である棒の体積(Vrod)、本件アルキメデス数を決定する工程変数である反応器壁の温度(Twall)、体積流量(Q)の各測定方法が記載されていない。本件において提出された資料だけでは、通常の技術者が本件特許発明の優先権主張日(以下「優先日」という)当時の技術水準からシーメンス反応器に関連した上記各工程変数の測定方法や値が容易にわかるとはみがたい。
4. 意義
2024年1月大法院判例も、パラメータ発明の実施可能要件を扱う裁判事例の大部分を占める類型とみることができる。
パラメータ発明においてパラメータを測定するための方法、条件、器具などが詳細に記載されていなければ、通常の技術者がこれを再現するために多くの試行錯誤を経なければならないので、これらの事項の開示の有無は、実施可能要件の判断において非常に重要である。また、創作パラメータ発明においてパラメータによって限定される物質は、構成の記載だけでは製造方法がわからない場合が多いため、パラメータを充足する物質の製造方法も、忠実に記載されるほど通常の技術者が容易に再現できるものとみられる。
ただし、この場合も、出願人に過度の記載を要求することはできないため、通常の技術者が当該発明を容易に実施するために上記のような要素をどの程度記載すべきかが問題となる。上記のように、通常の技術者が特許出願当時の技術水準から過度の実験や特殊な知識を付加せずには、発明の説明に記載された事項に基づいてパラメータで特定された生産方法を使用できなければ、特許法第42条第3項第1号に規定する記載要件を充足できず、かつ請求項に発明の構成を不明瞭に表現する用語を記載したものとみる余地が多い。したがって、パラメータを決定する全ての工程変数の測定方法に関して一般的あるいは通常的な記載の形であっても、それを発明の説明に記載することを勧めたい。
|
|